大目に見るとは?大目に見るの意味
失敗や欠点を厳しく追及せず、寛大な態度で許すこと
大目に見るの説明
「大目に見る」は、相手の過ちや不完全な点を厳しく責めず、寛容な心で受け入れることを意味します。この「大目」とは「大まか」という意味で、細かいことにこだわらずおおらかに見る姿勢を表しています。職場では新人のミスを許すとき、友人関係では小さな失敗を笑い飛ばすとき、家庭では子どものいたずらを許すときなど、様々な場面で使われる便利な表現です。芥川龍之介の『羅生門』にも登場するほど、昔から使われてきた歴史ある言葉なんですね。
寛容さと優しさがにじみ出る、人間関係を円滑にする素敵な表現ですね。
大目に見るの由来・語源
「大目に見る」の語源は、江戸時代の度量衡に由来するとされています。当時の秤(はかり)には「目」と呼ばれる目盛りがあり、通常より大きい目盛りで計ることを「大目」と言いました。これが転じて、物事を厳密に計らず大ざっぱに扱う意味となり、さらに人の失敗や欠点を厳しく責めず寛大に扱う現在の意味へと発展しました。もともと物理的な計量を表す言葉が、人間関係における精神的な寛容さを表す表現へと変化した興味深い例です。
度量衡から生まれた言葉が、人間の心の大きさを表すまでに発展したなんて、言葉の進化って本当に面白いですね!
大目に見るの豆知識
面白いことに「大目」と書いて「おおめ」と読みますが、同じ読み方で「多目」と書くと意味が変わります。「砂糖を多目に入れる」のように、数量が通常より多いことを表すのです。また、芥川龍之介の『羅生門』では、老婆が「大方わしのする事も大目に見てくれるであろ」と語る場面があり、文学作品における早期の使用例として知られています。この表現は、許しや寛容さを表す際に、時代を超えて使い続けられているのです。
大目に見るのエピソード・逸話
あのトヨタ自動車の創業者、豊田喜一郎氏は、技術者たちの失敗をよく「大目に見る」ことで知られていました。特に新型エンジンの開発中、何度も失敗を重ねる若手技術者に対し「失敗は成功の元だ。今回のことは大目に見るから、次はうまくいくように頑張れ」と励ましていたそうです。この寛容な姿勢が、技術者たちの挑戦意欲をかき立て、後のトヨタの技術力の基盤を作り上げました。また、作家の夏目漱石も弟子たちの未熟な作品を「大目に見て」指導していたと言われ、偉人たちの人間的な大きさを感じさせるエピソードが数多く残っています。
大目に見るの言葉の成り立ち
言語学的に見ると、「大目に見る」は複合動詞の一種で、名詞「大目」と動詞「見る」が結合した表現です。日本語にはこのように、名詞と動詞が組み合わさって慣用句を形成する例が多数存在します。興味深いのは、「大目」が本来は物理的な計量を表す言葉であったものが、比喩的に精神的な態度を表すようになった点です。これはメタファー(隠喩)の一種であり、日本語の表現の豊かさを示しています。また、この表現は「寛容」「許容」といった抽象的概念を、具体的でイメージしやすい形で表現しており、日本語の特徴的な表現方法の一つと言えるでしょう。
大目に見るの例文
- 1 新人時代の書類のミスを上司が大目に見てくれたおかげで、その後は慎重に仕事ができるようになりました。
- 2 子どもが初めてお皿を割ってしまった時、つい叱りそうになったけど、成長の過程だと大目に見ることにしました。
- 3 友達の遅刻癖にはいつもイライラしていたけど、自分も忙しい時があるから今日くらいは大目に見てあげよう。
- 4 彼女のちょっとしたわがままも、愛嬌があって可愛いからつい大目に見てしまうんですよね。
- 5 仕事で大きなミスをして落ち込んでいたら、先輩が『誰にでもあることだよ』と大目に見てくれて救われました。
「大目に見る」の適切な使い分けと注意点
「大目に見る」は便利な表現ですが、使い方によっては誤解を生む場合もあります。適切なシーンと注意すべきポイントを押さえておきましょう。
- 新人や経験の浅い人の多少のミスに対して
- 一度きりの軽微な失敗や過失に対して
- 誠実な態度で反省している人に対して
- 特別な事情や不可抗力による失敗に対して
- 重大なミスや故意の過失には使わない
- 繰り返しの失敗に対して安易に使わない
- 目上の人に対して「大目に見てください」とお願いする場合は謙虚な態度で
- 自分自身の失敗を正当化するために乱用しない
寛容であることと無責任であることは紙一重。大目に見るべき時と、しっかり指導すべき時を見極めるのが大切です。
— 人事コンサルタント 田中良子
関連する表現と類語のニュアンスの違い
「大目に見る」には多くの類語がありますが、それぞれ微妙にニュアンスが異なります。適切に使い分けることで、より正確なニュアンスを伝えられます。
| 表現 | 意味 | ニュアンスの違い |
|---|---|---|
| 大目に見る | 寛大に許す | 教育的配慮や温かい眼差しが感じられる |
| 見逃す | 気づかないふりをする | 消極的で責任回避的な印象 |
| 目をつぶる | 知らないことにする | 一時的な寛容さや便宜的な許し |
| 不問に付す | 追求しない | 公式な場面での許容を表す硬い表現 |
| 許す | 罪や過ちを赦す | より深い許しや赦免の意味合いが強い |
また、「長い目で見る」は時間的な寛容さを、「白い目で見る」は批判的な視線を表すなど、「目」を使った表現は多岐にわたります。
異文化での「許し」の表現比較
「大目に見る」という概念は日本独特のものではなく、世界各国にも同様の表現が存在します。文化によって許容の表現方法が異なるのが興味深い点です。
- 英語:"turn a blind eye"(盲目の目を向ける)
- 中国語:"睁一只眼闭一只眼"(片目を開けて片目を閉じる)
- 韓国語:"눈감아 주다"(目を閉じてあげる)
- フランス語:"fermer les yeux"(目を閉じる)
- スペイン語:"hacer la vista gorda"(太い目で見る)
面白いことに、多くの文化で「目を閉じる」や「見ないふりをする」という表現が使われています。日本の「大目に見る」が「大きな目で見る」という独自の表現であることが分かります。これは日本の「察する文化」や、細かいことより大局を見ることを重視する考え方の表れかもしれません。
よくある質問(FAQ)
「大目に見る」と「見逃す」の違いは何ですか?
「大目に見る」は寛容な心で許す積極的な態度を表すのに対し、「見逃す」は気づかないふりをしたり、故意にスルーする消極的なニュアンスがあります。例えば、部下のミスを「大目に見る」のは教育的配慮ですが、「見逃す」のは責任放棄に近い印象を与える場合があります。
「大目に見る」をビジネスシーンで使うのは適切ですか?
はい、適切です。特に上司が部下に対して使う場合、教育的配慮や成長の機会を与える意味で好ましい表現です。ただし、重大なミスや繰り返しの過失に対して安易に使うと、甘やかしと取られる可能性もあるので、状況に応じて使い分けが重要です。
「大目に見てください」というお願いは失礼ですか?
状況によりますが、基本的に目上の人に対して使う場合は注意が必要です。例えば「今回に限り大目に見ていただけませんでしょうか」のように、謙虚な態度でお願いするのが無難です。自己正当化のように聞こえないよう、誠意を持って伝えることが大切です。
英語で「大目に見る」はどう表現しますか?
「turn a blind eye to〜」(〜を見ないふりをする)や「let it slide」(スルーする)、「be lenient with〜」(〜に寛大である)などが近い表現です。また「give someone the benefit of the doubt」(疑わしい点があっても一旦は信じる)も、文脈によっては「大目に見る」のニュアンスを伝えられます。
「大目に見る」と「許す」は同じ意味ですか?
類似していますが完全には同じではありません。「許す」は過ちや罪を赦すという強い意味合いがあるのに対し、「大目に見る」は多少の失敗や欠点を厳しく追求しないという、より軽いニュアンスです。例えば、遅刻を「許す」は重大な感じがしますが、「大目に見る」は寛容な対応という印象になります。